ふらふらお寺まいり


二月堂・三月堂


三月堂(法華堂)東大寺法華堂(とうだいじほっけどう)は、奈良県奈良市の東大寺にある奈良時代(8世紀)建立の仏堂である。一般に三月堂(さんがつどう)として知られる。日本の国宝に指定されている。東大寺に現存する数少ない奈良時代建築の1つであり、堂内に安置する10体の仏像も奈良時代の作である

二月堂 東大寺二月堂(とうだいじにがつどう)は、奈良県奈良市の東大寺にある、奈良時代(8世紀)創建の仏堂。現存する建物は1669年の再建で、日本の国宝に指定されている。奈良の早春の風物詩である「お水取り」の行事が行われる建物として知られる。

天平12年(740)から19年までの創建と考えられている東大寺最古の建物。不空羂索観音を本尊とするところから古くは羂索堂と呼ばれていたが、毎年3月に法華会が行われたことから、のちに法華堂と呼ばれるようになった。
後方の正堂部分と前方の礼堂と二つの部分からなっており、当初は双堂形式の建物であったが、現在の礼堂部分は正治元年(1199)に重源上人によって新造されたものである。東大寺の前身である金鐘寺の主要伽藍のひとつで、このお堂で華厳経が日本で初めて講義されたともいわれている。
二月堂は、東大寺金堂(大仏殿)の東方、坂道を上り詰めた丘陵部に位置する、十一面観音を本尊とする仏堂である。すぐ南には三月堂の通称で知られる法華堂がある。これらの堂が所在する一画を「上院」(じょういん)と称し、大仏開眼以前から存在した、東大寺の前身寺院があった場所である。
東大寺は治承4年(1180年)の平重衡の兵火と、永禄10年(1567年)の三好・松永の兵乱とにより、創建時の建物の大部分を失っている。二月堂はこれらの兵火では類焼をまぬがれたが、寛文7年(1667年)、修二会の満行に近い2月13日に失火で焼失。現存する二月堂はその直後の寛文9年(1669年)、江戸幕府の援助を得て、従前の規模・形式を踏襲して再建されたものである
立派な手水舎
舞台 南北の階段と、その先にある回廊のみ、踏み入ることができます

二月堂という仏堂の特色を理解するうえで、修二会との関連を知ることが不可欠である。東大寺の修二会はきわめて複雑で多彩な内容をもった行事であり、ここではごく大まかな概要のみを説明する。修二会は、旧暦の2月、二七日(にしちにち、14日間の意)にわたって行われる行事で、二月堂本尊の十一面観音に対して自らの過ちを懺悔し、国家の安定繁栄と万民の幸福を祈願する十一面悔過(けか)法要である。現在では新暦の3月1日から14日まで行われている。法要は練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる、特に選ばれた11名の僧が執り行う。

修二会の代名詞となっている水取りは、3月12日の後夜の時(じ)の途中に行われるもので、二月堂前にある若狭井から香水(こうずい)を汲み上げ、十一面観音に捧げる儀式である。これは伝承では若狭国の遠敷明神(おにゅうみょうじん)が湧き出させた霊水であるとされている
ここから観る大和の町並みは絶景です
急な回廊
手水鉢 味のある鉢です