
高野山 金剛峯寺
和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗総本山の寺院
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| 高野山は、和歌山県北部、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地に位置する。100か寺以上の寺院が密集する、日本では他に例を見ない宗教都市である。京都の東寺と共に、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が修禅の道場として開創し、真言密教の聖地、また、弘法大師入定信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めている |
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| 弘法大師空海は816(弘仁7)年に高野山に真言密教の道場を開き、そこを『金剛峯楼閣瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくゆがゆぎきょう)』というお経からとって「金剛峯寺」と名付けました。その後、1593(文禄2)年に豊臣秀吉の亡母の菩提を弔うために建立された青巌寺(せいがんじ)が、1869(明治2)年に興山寺(こうさんじ)と合併し、「金剛峯寺」と改称されました。 |
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| 正門 「金剛峯寺」には寺紋が2つあります。一般は1つです。左が豊臣秀吉拝領の青厳寺の寺紋「五三の桐」、右が高野山の鎮守・丹生都比売(にうつひめ)神社の寺紋「三頭右巴」です |
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| 「金剛峯寺」は寺紋だけではなく玄関も2つです。大玄関は天皇・皇族や高野山重職だけが出入りできました。小玄関は上綱職の僧侶が出入りし、一般の僧侶は昔は裏口より出入りましたが今は一般参詣入口を利用しています |
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| 鐘楼 金剛峯寺の前身であります青巌寺の鐘楼です。その構造形式から万延元年(1860年)に大火(たいか)で類焼後、大主殿などの建物と共に鐘楼も元治元年(1864年)に再建されたものと考えられます |
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| 高野山名物やきもちです。「みろく石本舗」 |
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| ここからが高野山のクライマックスです |
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| ここから先は撮影禁止です |
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| 宮内庁管理の天皇稜 高さ1m強の小高い塚の上に宝匡印塔がのせられている、かなり独特の作り方が特徴です。墓の個数は27個。説明によると江戸時代の天皇(霊元天皇〜孝明天皇)までの髪や歯が納められています。 |
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